大阪家庭裁判所 昭和46年(家)994号 審判 1971年2月09日
申立人 坂田初(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
本件申立理由の要旨はつぎのとおりである。
申立人は、僧籍に入り布教にたずさわることになつたので、その名を僧名恵春に変更することの許可を求める、というのである。
よつて審案するに調査の結果によるとつぎの実情が認められる。
申立人は、飲食店を営むものでこれからも引きつづき同業に従事するものであるが、かねて母の影響もあつて信仰心深く、このほどお告げがあつたところから、昭和四六年一月二三日度牒を受けて僧籍に入つたもので、今後上記職業をつづけるほかできれば人助けのため布教をつづけたいので、俗名を僧名に変更することを希望して本件申立をしたものである。
ところで人の名は、その氏と相いまつて個人を特定し同一性認識の基準として極めて重要なものであつて、もとより当該個人の名として私的なものであるとともに社会性公共性をも有するものであるから、その変更を容易に認めると個人に対する同一性の識別をみだし、ひいては社会一般に支障を与えることにもなるので、戸籍法は正当の事由ある場合に限つて名の変更が許される旨を定めている(同法第一〇七条第二項)。そこで同条にいう正当の事由を、僧になり僧名を称することになる者について考えると、同人が度牒を受けあるいは得度して僧になり僧名を称することになつたとしても、現に宗教活動を行わず、また、宗教活動に従事するにしてもそれが同人の社会生活ないし社会活動の一部をなすにとどまり、一般社会的にみて宗教生活を送つていると認められない場合には、戸籍上の名と僧名とが異なつても、そのため、同人が社会生活を送り宗教活動を行う上でとくに支障をきたすこともないと考えられるので名を僧名に変更するに足る正当な事由がないとみるのが相当である。
いまこれを本件についてみるに、上記認定の実情によると、申立人は飲食業を営み引きつづき同業に従事して社会生活を送りながら、自らの信仰心を深め、また人助けのため布教活動に従事したいと希望するものであるが、現に日常ないし社会生活上僧として宗教活動に従事しているものとは認められないから、さし当つてその名を僧名に変更しなければ社会生活ないし宗教生活を送るうえでとくに支障をきたす事情にあるものとはいえず、その他本件に現われた一切の事情を考慮しても、将来同人が僧として宗教活動に従うようになつた場合は別として、ただいまのところ申立人の名の変更を必要かつ相当とするような事由はない。
してみると本件申立は理由がないので却下することとし主文のとおり審判する。
(家事審判官 西尾太郎)